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画廊スタッフのみなさま

9月1日より、ギャラリー和田(銀座)で開催の第6回三叉景。

例年ならば、展示日の前々日到着で作品を宮城から発送するのですが、今回はぎりぎりまで制作していたので、4点を手に持って、展示日当日に上京しました。

山のアトリエにこもりきりで制作し、新幹線で東京に降り立つと、別世界感でくらくらします。
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正面・園家誠二さん作品
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右壁面・荒井経さん作品
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左壁面・及川作品
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今回は「香焔ー時間」というタイトルで7点の連作を出品しております。
会期は11日(金)までです。ご高覧いただければ幸いです。
子供の頃住んでいた家の廊下のつきあたりには大きな本棚があり、そこには画集や美術雑誌が収まっていた。絵本をそれほど与えられなかった私は、それらの画集や雑誌を絵本かわりにながめて育った。絵本代わりなものだから、小さな活字の、漢字の多い大人向きの文章を読むわけもなく、次々ページをめくって、作品写真ばかりを見ていた。

そのような私が、めずらしく文章も読んでいたのが芸術新潮の「きまぐれ美術館」のコーナーだった。筆者は、洲之内徹。気まぐれ美術館の連載開始は1974年、私が4歳の時だ。物心ついた時から、私にひとつの「絵画を観る視点」を与えて続けてた人といえるだろう。加えて、地元、宮城県美術館にはその州之内徹コレクションが収蔵されている。家の廊下の本に収まっていて、近所の美術館にいけば会うことが出来る「洲之内さんのコレクション」は、 ひとりっこの私にとってイマジナリーフレンドのように、特別に身近で、半ば自分の内側に棲まう作品達となった。

洲之内徹というひとのことを、つい「洲之内さん」と呼んでしまうのは私だけではないだろう。呼びかけてしまう親しみを感じるからではない。確固たる人格を強くこちらに感じさせる存在なものだから「洲之内徹」と、客観的にとらえることが難しいのだ。
12月23日まで、宮城県美術館で開催されている「洲之内徹と現代画廊ー昭和を生きた目と精神」は、宮城県美術館に収蔵されている洲之内コレクションと共に、洲之内さんが著作で取り上げた作品、現代画廊の初期や、洲之内さんが引き継いだ後の作家の作品が展示されている。さまざまなアプローチで、洲之内徹が昭和という時代の中で担った役割を客観的にとらえ直す内容となっている展覧会だ。

私は今回の展覧会を見て、はじめて「洲之内さん」ではなく「洲之内徹」として認識することが出来たように思う。幼少の頃から親しかった作品も、各作家の画業の1点としての位置を意識できた。なるほど、と、目からうろこで感嘆しつつ会場を巡りながら、私はイマジナリーフレンドと、ひとりひとりお別れをしていくような気持ちにもなった。ひとつの物語は、章ごとにほぐれて、個々のセンテンスが独立していくようだった。

そうして見えてくるのは、やはりそれらを集め結び、自分の物語に紡いでいった作家であり収集家であり画廊主だった洲之内徹の目と人生だ。

洲之内徹は、プロレタリア運動に参加し2度検挙され、その後転向、中国で対共産党情報収集の任に就いた。私は思想の転向というものがどういう経緯でなされ、どんな感情をともなうものか分からない。隠れクリスチャンが「転ぶ」ような、筆舌しがたい痛みをともなうのだろうか、と想像してみる。
洲之内は、中国で対共工作に当たっていた時期に、海老原喜之助の「ポアソニエール」の複製に出会ったのだという。



その「ポアソニエール」は一枚の、紙に印刷された複製でしかなかったが、それでも、こういう絵をひとりの人間の生きた手が創り出したのだと思うと、不思議に力が湧いてくる。人間の眼、人間の手というものは、やはり素晴らしいものだと思わずにはいられない。他のことは何でも疑ってみることもできるが、美しいものが美しいという事実だけは疑いようがない。絵というものの有難さであろう。知的で、平明で、明るく、なんの躊いもなく日常的なものへの信仰を歌っている「ポアソニエール」は、いつも私を、失われた時、もう返ってはこないかもしれない古き良き時代への回想に誘い、私の裡に郷愁をつのらせもしたが、同時に、そのような本然的な日々への確信をとり戻させてもくれた。
(洲之内徹「絵の中の散歩」より)



その複製の「ポアソニエール」を、彼はずっと心に留め帰国、終戦翌年から古本屋を営んでいた時に、古本の画集の中で「ポアソニエール」と再会。「ポアソニエール」の頁を額に収め、帳場の壁に掛けていた。その後、現代画廊に勤める中で、彼は「ポアソニエール」作品そのものに出会う。そしてついに「ポアソニエール」は洲之内コレクションとなる。絵画が彼の愛に応えたとしか受け取りようの無いエピソードだ。

「ひとりの人間の生きた手が創り出したのだと思うと、不思議に力が湧いてくる。人間の眼、人間の手というものは、やはり素晴らしいものだと思わずにはいられない。」と、洲之内が言う時、彼が労働というものを、どう捉えていたかをも、私は感じてしまう。彼は思想としての社会主義を捨てざるを得なかったけれども、社会主義を選ぶに至った本質であるところの「ひとりの人間の生きた手が創り出す美」を、純粋に抽出したようにも思う。

裏切りの痛みが、愛の教えを深めたように、自分にとって変わらずにある「絵画の価値」、それを見抜くことのできる自分のタレント(talanton)を、より深く信じて戦後を生きたのではないか、と、想像は続く。

絵を描くのは人間で、それを見るのも人間なのだということを切ないほどに感じさせるコレクションは、洲之内コレクションをおいて他にないと思う。 描くことと、見ることと、 生きていくことが、同じことだと示すコレクション。 美術史で繰り返し提示される、絵画の死も、回帰も、復権も、洲之内徹の目には映らない。私はそのような「目と精神」の生きた時代に育ったということを自覚して、これからを生き、絵を描いていきたいと思う。


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おまけ
「ポアソニエール」のエピソードにおける「複製」というものから、私は小林秀雄の「ゴッホの手紙」を思い出す。小林秀雄は複製画でも絵の素晴らしさは分かるんだということを強く述べている。
私は「天使族」と勝手に呼んでいる3人がいる。 小林秀雄と、トスカニーニと、淀川長治だ。 これはキリスト教的な天使ではなくて、素晴らしい伝達者という意味で呼んでいる。小林秀雄は複製画でも名画の本質は伝わると力説するし、トスカニーニはクラシック音楽をラジオ放送することの価値を即座に理解し協力した。淀川長治はテレビで映画を放送すること意味を感じ、亡くなるまでお茶の間に解説をし続けた。3人ともに、美術、音楽、映画の力を信じているから、直接の、生のものでなくても、必ずや伝わることを疑わない。
思えば、洲之内徹もまた、特別な伝達者だったのだろう。ただ、彼の場合、もう少し文学者として色があって、作品を語りながらも、どこか自らを映して見せるから、私の「天使族」には入れられない。あんまりモテる方はわたくしの天使族にはなれないんです。