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わが家のお雛さまは、母が作った木目込み人形です。クローゼットにしまったままになっていてなかなか飾ることができず、可哀想なことをしています。

画像はいくつくらいの時に描いたのかな?小学校低学年かと思います。



そうそう。幼稚園の頃に、将来なりたいものを絵に描きましょうと言われ、花屋さんや先生などをみんなが描いている中、私はお城と王子様とお姫様を描きました。堂々と。
将来、私はお姫様になると思っていたみたいです。驚きますよ、我ながら。

先生は「この子、もしかして、かわいそうなんじゃないかしら」と心配していたかもしれませんが、とくに、たしなめられもしませんでした。


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角田駅に飾ってあった釣り雛
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釣り雛の下には折り紙の椿

でも、小学校にはそんなちょっと心配な夢も捨てて、無事、考古学者になりたいという夢を持つ子供に成長。遺跡とか土器とかではなく、恐竜を掘り出したかったのです。

そんな夢と平行して「駄菓子屋のおばあさん」になりたい、という夢もありました。駄菓子屋の人ではなくて、あくまでも一気におばあさんになりたかったところが不思議です。
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メガネを買った。

展覧会のキャプションが見えにくくなっていることに気が付き、ぞっとする。
文字がこのくらい見えにくいということは、作品だって見えていないということだ。
見えないことよりも、見えていないことに無自覚なことの方がずっと怖い。

月末に上京しようと思っている。
見たい展覧会が重なっているから。
山種で、近代以降の日本絵画としては最も敬愛する村上華岳展が開かれるし。

それで、メガネ。
ちゃんと見たいから。

視力検査をすると、見えない見えないと思っているわりに、
1.0も視力はあると言われる。

でも、視力検査のあの文字を、私は相当に勘で読んでいるんだ。
ほとんどボヤボヤだけど、モノの形には芯があるから、
その芯を基に推察すれば、大抵読める。
本当は見えてない範疇だと思うけれども、
そうやって、姿にならない気配を形にするのが自分の制作の常だから、
多分、視力検査としては禁じ手を行使しているのじゃないかと思う。

90を過ぎた祖母が、幼少の記憶で「文化人形」を作ったことがあった。
「高橋真琴」的な面立ちの可愛らしい人形だった。
ほとんど眼の見えない祖母は、どうやって針の穴に糸を通すのか。
父が祖母に訊ねると「心の眼で見る」と笑って答えていた。

夜中、老犬の世話で何度も散歩に出かける。
田舎町だから、星もよく見えるけれども、乱視の影響か、星の光がみなにじむ。
にじんだ光もきれいだなのだけど、掴みようがない気がして、切なくなる。

光の元、その芯を見失っているほどではないと思う。
でも、光の方向も、闇に消え入るその風情まで、細かに見ていたい。

これから、老化のようなことは加速していくのだろう。
与えられた時間は少ないのだし、
使えるものはなんだって使って、見えるものは見ていたい。

ずっと右目1.5、左目2.0だった私。
メガネ屋のお兄さんは
「このメガネで、1.5にすることは可能です。
 体調さえよければ2.0近く見えます」と言ってくれた。

生活にはまったく不必要なスペック。
でも、今の心には必需品。
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昨年も大変お世話になりました
本年もどうぞよろしくお願いいたします

私にとってはかなり濃墨で制作中の今、ふと気付くと、墨の中に風景が映っていて、しばし、見入ってしまった。
小学校1年生の時の国語の教科書にあった「さるとお月さま」というお話を思い出す。池に映った月を、かしこいサルがタライに水をすくってボスのところに運んでいくのだったと記憶している。
見えたものを、そっとすくって、そのまま残すことが出来れば良いのに、と心底思う。


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山のアトリエにはカメムシとテントウムシがたくさん湧いて出る。プレハブ仕立てのアトリエなので隙間から入っているのだろう。テントウムシの時期になると、30匹くらい窓の当たりに集まっていて、かなり怖い。カメムシは農作物に悪さをするので、時々「亀虫注意報」というアナウンスが町に流れる。初めて聞いた時は、とてもおどろいた。

たいていのカメムシはマットな茶色のボディなのだけど、昨日、やってきたカメムシは紫のラメに、白緑のポイントというおしゃれさん。自然界のセンスはまったく素晴らしい。





昨年末、実家の猫にまぶたとおでこを噛まれ、頭皮も10cmほどひっかかれるという怪我に見舞われた。すっかり顔半分が腫れて、生まれたての墓場鬼太郎になってしまったため、年末は制作ができなかった。そればかりが理由ではないけれど、昨年中に仕上げる予定の襖は年を越して、現在も制作中である。

年明け最初にアトリエに行くと、北側の大きな窓の側の木に、アカゲラが来た。コゲラはよく来ていたけれども、アカゲラは初めてである。カメラを取りに急いで動いたら、すぐに飛んでいってしまった。大変残念だったので、一眼に望遠レンズを付け窓際に常備している。今年は鳥の当たり年なのか、たくさん野鳥がやってくる。迅速かつ、静かにレンズを向けてパチリ。気配を消す訓練をしている気持ちになる。

当たり年といえば、イノシシで、頻繁にイノシシがアトリエの庭に出没する。イノシシ注意と看板も出されているけれど、カメムシ同様、どう注意すればいいのだろう?と思うことしきり。イノシシ相手には、勇気を持って堂々と気押してやらねばならぬ。

セロ弾きのゴーシュのように、カメムシや猫や野鳥やイノシシといった訪問者達に指導を受けて、今年も制作をしていくことになるのだろう。
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宮城県角田市 長泉寺 大広間
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今年の大きな出来事のひとつ目は、宮城県角田市の曹洞宗「長泉寺」の襖絵の半分を描き上げたこと。
制作にあたっては、紙の選定や表具師の方とのやりとりなど、これまでの制作とは違う経験をし、ずいぶん不安にも襲われましたが、結果的には、多くのことを学ばせていただく機会となりました。
吟味した紙が仮張りのパネルに張り込まれた状態で目の前にすると、それまでの不安や緊張は消えて、この広大な紙に、描けるのだという喜びが沸き起こりました。


そしてふたつ目の大きな出来事は実家にゴールデンレトリーバーのムクが来たことです。

12年生きたジャーマンシェパードのムツが亡くなったのが2013年の夏。ブログの更新が最近出来なかった理由のひとつはムツが亡くなったことでもありました。書き残さないこともムツに悪い気がするし、かといって、何と書いていいか分かりませんでした。

ひとりっこの私にとって、実家の犬や猫たちは歴代私の弟であり妹です。(自分の家の動物たちはやはり子供のような位置だと感じています)彼らは年下でありながら、いつも私よりもすばやく大人になり、去って行きます。ムツはもう、最後の弟だろうかと思っていました。

ゴールデンレトリーバーのムクは、さすが米国DNAで、自由活発、楽しければ言うことを聞くけれども、命令に添わなければいけないという意識が全くない乱暴者。これまで気位の高いコリーや、従順なキャバリア、親分には命がけの柴犬、真面目なシェパード……と飼ってきた親も、このゴールデンの明朗さとわがままさとくいしんぼうさに、ほとほと手を焼いてしまうのでした。

あっという間に大きくなって、ありとあらゆるものをくわえて走り出し、噛み砕き、飲み込んで、しかられてもかまわれていることが楽しくてしかたないムク。
これが真の末っ子パワーなのだろうか?と、私も大声でしかりながらも、可愛くて笑ってしまう日々です。
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母の短歌。ムクを詠って。
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一方、わが家のネルと福太郎は老いと病に抗うことを通し、なんとなく親しさを増している様子で、寄り添って居眠りしていることもあり、弱まることは悪いことばかりじゃないのだなと教えられる気持ちです。


大きな出来事、そのみっつ目は、わが家の玄関前にツバメが巣を作り、無事巣立っていったこと。

毎日、観察していましたが、もうすぐ巣立ちそうとなった頃に、東京に数日滞在せねばならなくなりました。巣立ちを見るのをあきらめつつ帰宅するとまだヒナの声が!

そして、次の朝、ヒナ達は巣立っていきました。巣立ったあとも数日は、巣の側に舞い戻りつつ、しかし決して巣には入らないのでした。巣の見える電線に止まって羽を休めては果敢に飛んでいきます。
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決して戻らず、時々、巣を見て勇気を奮い、を繰り返していくうち、彼らの胸は青く、喉は赤く、羽はつややかに黒くなっていきました。

あと数時間で2015年。私も、果敢に飛べる年になりますように。
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「センセー、学園祭でファッションショーとバンドとダンスがあるんです」と、学生さんにキラキラした顔で言われれば、行かないわけにはまいりません。

自分の大学時代を思い出しながら、東北生活文化大の学園祭に行く。生活文化大は家政大が基ということもあって、保育にも力を入れているからか、文化祭にも小さな子供たちがたくさん来る。そんな子供たちのために、ポニーが2頭呼ばれていた。

とはいえ、体調をおもんぱかって日陰に用意された場所は、子供たちがあまり通らないため、ポニー2頭は、ひたすら黙々と芝生を食んでいるのみだった。「おいしいの?」と声をかけても、ポニーはふさふさのまつげの下に諦念の瞳のまま、無反応だ。大変にさびしい。

100円で紙コップに入ったスティック人参を購入し、再び、ポニーのもとへ行くと、俄然、鼻をふくらませて前歯を見せながら「くれくれ人参」と迫ってきた。大変にうれしい。

でも、やはりその瞳は静かなままだ。聞けば、もう15才とのこと。こんな風に「ふれあい動物」的に、あちこち行って、芝生を食む人生(馬生)を10年以上重ねていればこその瞳なのだろう。

アトリエでは作品コンクールが開かれていた。アトリエには水場があり、絵の具に汚れたカーテンがかかっている。カーテンの向こうから陽が差しているさまは、息をのむきれいさだった。と、同時に、画学生時代の記憶が甦る。
画学生のいる空間は、あの頃も、今も、これからも変わらないのだろうな。