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昨夜のスーパームーンをPENTAX K-7で撮ってみた。
K-7は、野鳥が来た時用に、キットだった望遠レンズ(50-200mm)を着けてアトリエに待機していることが多い。荷物が重いと、頭が働かない性質なので、あまり持ち歩いていないK-7。
せっかくの月だから撮っておきたいと思って、設定をいろいろ試してみたら、手持ちだけれども結構しっかり写ってくれて、K-7グッジョブ、と思うのだった。置いてけぼりばかりしてごめん。

満月は“手放す”願いが良いとか。
私は月にお願いはいたしませんが、今宵、ひとつ願い事が叶ったとお知らせがあって、迷いが一時にいくつも消滅したのは確か。めでたし、めでたし。
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倉庫を整理していたら、大学入りたての頃、模写したフレスコ画が出てきました。懐かしい。まだ十代だったと思います。

女子の多くが繊細でやわらかな、フラ・アンジェリコの受胎告知を選ぶ中、私だけ、ビザンチンの壁画を選んだので、先生が「自分(の性質)とは逆のものを選ぶものだな」と仰って、「逆じゃないんですけど」と言いたいのを堪えたのを思い出します。

先生には、このフレスコ画がプリミティブなものに思えたのでしょう。

子供の時から、私はルネッサンスよりもビザンチンに引かれるところがありました。歳を重ねるにつれ、その傾向は、ますます強まっているように思います。
絵画としては、ダ・ヴィンチとボッティッチェリ、最近ではフィリッピーノ・リッピ(フィリッポ・リッピの息子)を特別に敬愛しているのですが、こと、信仰となると「ジョット以前」に心が向くのです。
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こちらが元の「豆の生神女(聖母)」

自分で選んだというのに、このフレスコ画が、どこのフレスコ画だったのか分からないままいたのですが、画像検索してみたところ、キプロス、ラグデラのパナギア・トゥ・アラコス聖堂にある「豆の生神女(聖母)」と呼ばれるものと分かりました。ネット、便利。

元の作品は、大変に活き活きと美しく、力強いもので、なるほど、10代の私はこのマリヤ様を模したいと思ったのだな、と、あらためて当時の気持ちを追体験しました。

さすがにいかにも子供っぽい模写なのですが、グイグイとした線で、今ではとてもこんなに素朴には描けません。とにかく、ひかれたままの気持ちで描いたのだと思います。

豆の生神女(聖母)についてはこちらに→ (Click!) 大変詳しく載っています。
画像もお借りいたしました。
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