Img_1cdceace425897934688da0130c57ce2

わが家のお雛さまは、母が作った木目込み人形です。クローゼットにしまったままになっていてなかなか飾ることができず、可哀想なことをしています。

画像はいくつくらいの時に描いたのかな?小学校低学年かと思います。



そうそう。幼稚園の頃に、将来なりたいものを絵に描きましょうと言われ、花屋さんや先生などをみんなが描いている中、私はお城と王子様とお姫様を描きました。堂々と。
将来、私はお姫様になると思っていたみたいです。驚きますよ、我ながら。

先生は「この子、もしかして、かわいそうなんじゃないかしら」と心配していたかもしれませんが、とくに、たしなめられもしませんでした。


Img_3f2c88512965a7cb355652adbe19d18f
角田駅に飾ってあった釣り雛
Img_337346cbbf0b9dab4cd27b13b27009f5
釣り雛の下には折り紙の椿

でも、小学校にはそんなちょっと心配な夢も捨てて、無事、考古学者になりたいという夢を持つ子供に成長。遺跡とか土器とかではなく、恐竜を掘り出したかったのです。

そんな夢と平行して「駄菓子屋のおばあさん」になりたい、という夢もありました。駄菓子屋の人ではなくて、あくまでも一気におばあさんになりたかったところが不思議です。
Img_e9114aac141670efcb6a9e803df526f8

一昨日は、東北生活文化大学の卒業式と謝恩会でした。今年ははじめて謝恩会に出席。

今日は、日に透けた水仙の葉に、卒業生のみなさんのことを重ねて見たりしました。
やわらかさを保ちながら、陽に向かってまっすぐ伸びていく姿。
すでに西日になっていましたが、葉の瑞々しさが勝っていて「これから」感がひしひし。

「どうだった?謝恩会」と母に問われたので「可愛かった」と答えたら、
「それはおかしいでしょ、可愛いって」と言われました。
確かに、立派な大人の門出、学業を修めた皆さんに「可愛い」は失礼かもしれません。

でも、本当にみんなニコニコ笑っていて、
マシュマロみたいなドレスを着ていたり、孔雀のような羽根を付けていたり、
肌はゆで卵、髪の毛もキラキラで、綺麗で可愛らしかったのです。
見ているだけで幸せになるような、これから咲くつぼみそのものでした。
Img_8edaf76ece70844884a160bfa406141c

臘梅の香りで春と気付く私のアトリエなのですが、ここ数年はなぜか臘梅の色も香りも薄いのです。
臘梅の代わりに、このところ強く春を訴えるのが沈丁花の香りです。
私は沈丁花の姿も香りも好きなのですが、どこか気圧される思いもあります。
春は育ち行くものの香りに眩めく季節、ということでしょうか。

謝恩会の二次会はカラオケということで、私も「残酷な天使のテーゼ」など歌ってみました。
普段は、常に裏声で聖歌を歌っております喉は、
若人たちの勢いある歌唱に着いてゆけなかったらしく、2晩経った今も、
まだ喉が痛いのでした。とほほ。

でも、とても楽しく眩めく、嬉しい春の日でした。
みんなのこれからに幸せの多いことをお祈りしています。
Img_2a8a8fabceb37df6349db4e42b70aaee
Img_239932c75f2b2d7bc08acc1333d4a8b9

Img_09b19bf58e97a435d201de6ef61328cb
Img_1bb4b3ada7d890b39552a1df372ac763
Img_6dc1ece69018b8ed0e92e11695f48956
Img_c13bc767f5800e129f670e3a57c4da12
Img_d056554612ef1dfe28ddd1b1493d07ae
Img_71969103c217a984533524d30668568b

本日、3月24日木曜日、河北新報 朝刊「微風旋風」に、3回目のエッセイが掲載されます。

河北新報を購読されている方、読んでいただければ幸いです。

今回は「きっと」という言葉について、時代劇の話を盛り込みつつ書きました。

画像は今描いている金魚のデッサンです。私が描くと、魚もちょっとほ乳類っぽくなります。
Img_1e4acc975c7b0cd27094788c5f8c61cc
私はほとんど人物画を描いてこなかった。
描きたい、と思う人に出会わなかったからということもあるし、描きたいと思っても、そこまで興味をひく人となると、なんだか照れてしまって、湯気やうさぎや花のようには凝視できないから、結局、描けない。
人間というのは、そんなに見つめちゃいけない気がするし、私はむやみやたらと見つめるから、いけないな。専門のモデルさんなら良いのかもしれないけれども、モデル業の方を描きたいとは思わないんだから、やはり無理だな、と諦めていた。

うさぎの「福太郎」を描く時もそうだったけれど、私はうさぎが描きたい訳ではなく、あくまでも「福太郎」が描きたかった。人を描く時も、その人を描きたいのであって、人を描きたい訳ではないから、モデル業の方を描く意味はまったくない。でも、描きたいと思う「その人」を描こう、見よう、と思うと「照れる」問題が浮上して、不可能、ということになる。照れると、もう何も見えないんだもの。

幸い「描きたいし、描けるかもしれない」と思える人に会えて、今、モデルをしていただいている。どういう訳か分からないけれども、彼女に私はあまり「照れない」。「描きたいな」「描ける気がする」と思ったのは、きっとこの「照れない」でいられる感覚があったからだろうと思う。興味は十分にあるのに照れないというのは全く希有なことだ。

2週に一度、アトリエに来てもらう。制作時間は3〜4時間くらいだろうか。時々、休むけれども、驚異的にジッとしていてくれる。私が目頭や小鼻や口角など、細かいところを確認したくてジーーーッと見つめても、微動だにしないし、たじろいだりもしないでくれる。ポーズに関しても、希望そってくれるし、保持してくれる。本当に心から感謝、感謝の至福の時間だ。

本各的に「人を描く」ことになって、初めて強くイーゼルの必要性を感じた。画面と対峙する姿勢を取るということが、他者と相対する上で必要なことだと思った。湯気や煙や氷の時は、どこまでも自分を対象の中に綯い交ぜに入り込ませられるような感覚があったから、腕の中にスケッチブックを納めて描く方が自然だった。
人を描くのはそういう訳にはいかない。自分と綯い交ぜにしてしまってはいけない。

Img_9715967cba9ff21df3aeb761b96caa4f
Img_c9f06ba53eaf455d21a6bdd0e87f017a

通販で購入したイーゼルを、アトリエで組み立てる。イーゼルがあると、俄然、画室の趣になる。「アトリエっぽいぞ!」とひとりごちつつ、彼女の来訪をわくわく待った。
久しぶりにイーゼルを使用すると、その便利さにあらためて感動した。見やすいし、描きやすいし、鉛筆を置いておく所もあるし、消しゴムをかけても揺れない。両腕を使える。あたり前過ぎることだけれども、専門の道具というのは良くできていると、つくづく思うのだった。

次の日、私は右腕の筋肉痛に襲われた。イーゼルを使い、腕を上げて描き続けたからだと気付いて、なんだか笑ってしまった。